今からちょうど10年前、僕は北朝鮮にいた。当時は小泉訪朝前で日本人拉致も発覚しておらず、日本人でも北朝鮮に旅行することができたのだ。当時の僕はすでに株に手を染めており、911の大暴落も何とか乗り越え、日韓W杯に日本中が沸くことを先取りしてコナミ株で一儲けしていた。僕にとってはありがたい日韓W杯だったのだが、日韓W杯を心から憎んでいる男がいた。それは金正日だ。この男、韓国が世界から注目されることが気に食わない。大韓航空機爆破事件を覚えているだろうか。あの事件はソウル五輪に対する嫌がらせとして遂行されたものだ。さしもの金正日でも、再び飛行機を爆破するわけにはいかない様で、日韓W杯にかぶせるように北朝鮮独自の祭典であるアリラン祭を企画した。これに当時の僕は食いついたのだ。おもしろそう。行くしかねえ。
何人かの友人に声をかけたのだが、誰も乗ってこない。僕はこれが信じられなかった。北朝鮮みたいなインチキな国はいずれ崩壊する。今のうちに行かなければ多くのバカバカしさを見逃してしまうではないか。こういう風に口説いたのだが、誰も説得することはできなかった。こいつらはバカバカしさに対する愛が足りていない。構わん。僕一人でも行く。当時の職場では連休を取ることは非常に困難だったのだけども、北朝鮮土産を確約した上で休みを掻き集めた。パスポートを取り、ツアー代金を振り込んで、北朝鮮関連の書籍を読み漁るなどして準備を終えた。
北朝鮮出発当日。関空へと向かう。関空快速に揺られているとだんだんブルーになってくる。金正日が今回も飛行機を爆破しちゃったらどうしようであるとか、旅行の注意事項にマスコミ関係者は厳禁とか書いてあって(当時は日経新聞記者が不法入国で拘束されていた)、マスコミで働いていることがバレたら帰って来られなくなるんじゃないかなどなど、どんどん不安が募って来る。関空についた際にハーゲンダッツの自動販売機を見つけた。バニラと迷うも抹茶を購入。これが最後の資本主義の味になるのではないかなどとぼんやり考えながら食べた。資本主義の味は美味しかった(この話、あとで伏線になるよ)。
北朝鮮への直行便はなく、ウラジオストック経由で一度乗り換えて入国をする。ウラジオストックエアラインだったかな。なんだかそんな名前の航空会社だった。スチュワーデスはパツキンのロシア人ばかり。全員がシャラポアに見えた。スタイルもボンキュッボンでとても同じ人間には思えない。そんな彼女らがボロボロの飛行機の中をキビキビと移動している。そのたびに通路側からはきつい香水のにおいが漂ってきた。そして僕のすぐ左の窓側には20才くらいの女の子が座っていた。アトピー質の肌で乾燥した飛行機内が肌に堪えるのだろう。何度も首筋を掻いていた。血が滲んでいるのが見えた。なんだか見るからに繊細そうで細心の注意を払わなければ傷つけてしまいそうな雰囲気。僕はあれこれオブラートに包みながら彼女にいろいろと話かけるのだが、少し間が空くとすぐに窓の外を眺めてしまう。それでもいくらか打ち解けて来たときに、僕は大きな勘違いをしていたことに気付く。僕はてっきり彼女も僕と同じ北朝鮮ツアーの一員だと思っていたのだが、彼女はウラジオストックで降りて、シベリア鉄道でドイツまで一人で行くと言うのだ。
なんてことだ。僕は今手持ちのオブラートをさっきまでのトークで全部使い切ってしまっている。このままオブラート無しで彼女と会話を続けると、「女一人でシベリア鉄道って正気でっか。そないなもん白熊みたいな露助どもにぐるぐるに廻されたあげくに窓からツンドラにポイ捨てでっしゃろ」などと言ってしまいかねない。万事休す。この旅はまだ始まってもいないのに。ヘイ、ボンキュッボン!プリーズギブミーオブラート!
窓の外を眺めると日本では見ることのできない大陸感丸出しの地平が広がっていた。ボロボロの飛行機はウラジオストックの大地へと滑り込んでいた。
つづく
posted by ぱりてきさす at 23:46|
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