ブログ ぱりてきさすのトレード日記: 雑記

2013年10月09日

パリ、テキサス、ピョンヤン 第4話

パリ、テキサス、ピョンヤン 第1話
パリ、テキサス、ピョンヤン 第2話
パリ、テキサス、ピョンヤン 第3話


レストランの入口は狭く、案の定真っ暗だった。ちょうど「皿」の字のような構造になっており、通りに対して直角にテーブルが並べられている。中に入ると先発バス組はすでに食事を始めていた。僕は適当に空いているテーブルに座った。大きなテーブルには細工が施されていて、なかなか高そうなのだが、テーブルクロスはビニール製で安っぽい。そのうえタバコの焦げ痕が痛々しく散らばっていた。中央には燭台があり、ホワイトアスパラ大のろうそくが備え付けられていた。女の給仕たちは僕たちの到着を待ちわびていたかのようで、マッチ片手にそれぞれのろうそくに手早く着火してゆく。暗かった部屋の半分にようやく明かりが点った。

僕のテーブルには後から、くたびれたおっさんと高校生くらいの娘を連れた母子がやってきた。二組は面識がないようで、互いに会釈しながら席に着いた。くたびれたおっさんはねずみ色のスーツに紐ネクタイをしめていて、オシャレのつもりなのだろう、ヴィーナスの横顔柄のネクタイ留めをしていた。風采はパッとせず、どこかの学校の教師のような出で立ちだ。僕の勘だが、もしかしたら本当に教師なのかも知れない。母子の方はことあるごとに二人でひそひそ話をしており、なんだか感じが悪い。顔は瓜二つで、娘の髪にパーマを当てて老けさせたならそのまま母親の顔になるかのようだ。給仕たちがビールをテーブルに運び出した。娘の前には烏龍茶が用意されている。金男と金女が挨拶とともに乾杯の音頭を取った。

北朝鮮製のビールの味だが、僕にはよくわからなかった。周りの人たちの意見を聞くとそこそこイケるらしい。だけども皆、ビールの温度には不平を言っている。確かにぬるいのだ。ビール瓶からはすでに汗が噴き出している。次々と料理が運ばれてきた。ナムルやキムチなどの朝鮮料理だ。味付けはマイルドで日本人の僕の口にも合ったが、さりとて特筆すべきものでもなかった。この後、様々な朝鮮料理を各地で食べるのだが、それらは本当に美味だった。なので、僕のこのレストランでの食事の印象は極めて希薄になっている

食事も峠を過ぎて後はデザートが運ばれてくるかどうかという頃合いになっていた。僕の目の前のおっさんは手酌でビールをガバガバと飲んでいる。すでに4本目だ。顔も赤らけて、目は座りだしている。そしてめんどくさくなりそうオーラを目一杯に放ちだしている。僕は子供の頃、そこそこのマッドシティで暮らしていたが、一度もカツアゲに遭ったことはない。危険察知能力が高いのだ。だからこそわかる。いま目の前にいるこのおっさんは極めて危険だ。僕はすかさずビール瓶の朝鮮語で書かれたラベルを読むふりをしだして牽制した。僕に話しかけるなという結界を張ったのだ。おっさんに僕の結界は破れない。標的を娘一本に絞ったのだろう。さっきからそわそわと娘の様子を確認している。おっさんは母親とのひそひそ話の間隙を突いた。群れから遅れたガゼルに飛びかかるライオンのようだ。

「君は学生のようだが、なんのために勉強しているのかな?」

ほら、始まったぞ。親戚の集まりとかにこういうおっさんっているんだよな。関わると損しかしないめんどくさいおっさんが。娘よ。悪かったな。僕が結界を張ったばかりに君を犠牲にしてしまって。大丈夫だよ。せめてもの情けだ。僕はこうしていましばらくラベルを読んでいるふりをしようじゃないか。聞こえていないふりをしよう。その間に目一杯グズグズな対応をしたまえ。なんてことを考えていた次の瞬間だ。

「はい。わたくしはいずれは妻として、やがては母として偉大なる朝鮮民族の血脈を子々孫々に繋ぐべく日々勉強をしているのであります!」(マイルドに要約)

なんと即興で演説をブチ始めたのだ。手に持つビール瓶が滑り落ちそうになる。どういうリアクションを取って良いのか皆目見当がつかない。周りの人間がリアクションできない行動というのは暴力に似ていると思った。なんならこの場で鼻くそをほじくって美味しそうに食べてくれた方がずっとありがたいのだ。おっさんを見ると腕を組みながらうんうんと唸っている。娘はドヤ顔満開だ。母親も娘をトレースしたかのようなドヤ盛りだ。

ああ、ため息とともに僕はこのときすべてを悟ったのだ。ため息には悟るまでに時間がかかりすぎた後悔が溶け出している。僕はいま王化の届かぬ未開の地で狂信的異民族たちに取り囲まれている。北朝鮮に旅行にきていたつもりだったのだが、ソフトな捕虜になりつつあるのだ(日本人拉致が発覚したのはこの三ヶ月後のことである)。これからの行動すべてに本気の判断を下していかないと危ういと僕の危険察知能力が訴えかけてくる。頭の中をいろいろな感情が駆け巡り制御ができない。言葉に紡ごうとすれども、まとまる前にほどけていく。視界もだんだんと狭くなっていくかのようだ。ふとテーブルの上を見遣ると燭台のろうそくは醜く溶け出してしまっている。だが、それでもその炎は闇に抗わんと静かに震えていたのだった。

第二部完 第三部に続く。





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2013年10月06日

パリ、テキサス、ピョンヤン 第2話

一年半ぶりの北朝鮮話の続きを書いたよ。これいろいろ怖いからあんまり書きたくないんだけども、カレンダーのためだから仕方がないよね。こいつはSQ日やアメリカの休日なんかも載っていて超絶便利だよ。みんなもぱりてきショップで今年もカレンダーを買っちゃおうね!

これが第1話ね。
パリ、テキサス、ピョンヤン 第1話



ボロボロの飛行機は多少揺れながらも無事にロシアの大地に着陸した。アナウンスに従い順番にタラップを降りていく。初夏にしてはひんやりとした風がほほをなでる。その感覚がなんともロシアっぽくてよく覚えている。空港のターミナルへは徒歩での移動だ。荷物を抱えて列をなして移動した。僕らはこの乗ってきた飛行機でピョンヤンまで向かうのだが、ウラジオストックで機体の整備と給油をするらしい。一時間ほどの待機を命じられた。待合室は二階にあり、窓は大きなガラス張りになっている。防風林が見渡す限りに広がり、太陽は色づき始めていた。もうしばらくすると大地に飲み込まれてしまうのだろう。僕は景色を眺めながらぼんやりと時間を殺していた。ときどき壁に備え付けられた日本ではもうあまり見かけないパタパタ式の案内板が狂ったように動きだす。僕は景色に見飽きた後はおもしろがってパタパタをずっと凝視していた。しばらくするとピョンヤン行きの便の再搭乗が始まった。外に出るとさっきよりも気温はぐっと下がっており、駆け込むように飛行機に乗り込んだ。アトピーの女の子はもういない。無事にシベリア鉄道に乗れたのだろうか。白熊に襲われないことを祈るばかりだ。飛行機は相変らずガタガタと音を立てながら北朝鮮目指して飛び立った。

北朝鮮上空に辿り着いたときにはすでに陽は沈んでいた。ピョンヤン空港の誘導灯がちゃんとともっていて安心する。それと同時に空港以外に明かりがまったくないことに不安が募る。飛行機は今回も無事に着陸してくれた。窓から外を眺めると、滑走路の脇に北朝鮮空軍の戦闘機が一列に並べられていた。張りぼてみたいなショボい機体だ。エースコンバットで最初に乗せられる戦闘機よりもショボいんじゃないだろうか。飛行機がターミナルに横付けされると、ライトに照らされている金日成の肖像画が真正面から見えた。テレビでよく見かけるピョンヤン空港のシンボルだ。

僕らはまた徒歩でターミナルまで移動した。北朝鮮の空港職員は軍人がやっているようで、いかめしい軍服を着たいかつい青年たちが僕らのパスポートを手分けしてチェックして行く。一通り手続きが終わると、一同はロビーのようなところに集められて、名簿を読み上げられる形で二班に分けられた。名簿を読んでいた男女が自己紹介を始める。「ようこそ北朝鮮へ。長旅ご苦労さまでした。私はガイドの金と言いマス。隣の彼女も金と言いマス。」二人とも同じ名字でややこしいことこのうえない。この「金男」はおよそ45歳くらいなのだが、肝臓が悪いのか妙に顔が赤黒い。日本語も流暢でキビキビと「金女」に指示を与えている。おそらくベテランガイドなのだろう。顔はサラ金王の杉山会長に似ていた。金女の方は25歳ほどで日本語はやや下手くそだ。色白で肌の質感が良いことから容姿は幾分か底上げされている。まだ新人のようで金男の指示に従うばかりで、自発的な行動は一切していない。金男はこれからの予定を手短かに伝えると、空港外のバス乗り場に引率しだした。

空港を一歩外に出るとなんの明かりもない漆黒の闇夜だ。見渡す限り街灯はどこにもなく、ロビーから漏れ出す明かりだけがアスファルトをデニム色にしていた。バス乗り場に着くと二台の観光バスが横腹の荷物キャビネットを開けて出迎えていた。運転手らしき男が僕らの荷物を手際よく押し込んでいく。僕はバスに最後に乗車した。一番前に座って景色をよく見たいからだ。目論見通りに一番前に座っていると、後から乗ってきた金男が申し訳なさそうに「そこは私たちが座りマス」と言ってきた。仕方なしに一つ後ろの席に移動する。それでもフロントガラス越しに景色がバッチリ見える良席だ。気を良くしていたのだが、後にこのスケベ心が見なくても良い物を僕にまざまざと見せつけてしまうのであった。






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2012年05月24日

新しい美味いについて

さっきやよい軒に行ってきたんだけども、やっぱやよい軒は美味すぎるだろ。やよい軒は我らの確信なり。でもさ、こういうやよい軒は美味いよね話なんかをすると、時々めんどくさい不毛な議論が巻き起こるんだよ。やれ、どこそこの方が美味いみたいなさ。で、蓋を開けて見たらその店ってやよい軒よりも何倍もする値段だったりするわけ。閉口。もううんざりだよ。今から僕はこの不毛にリンゴの樹を植えようとするのだ。

そもそも安くて美味いモノと高くて美味いモノが同じ美味いという言葉で形容されることに無理があるんだよ。高くて美味いモノと安くて美味いモノを同じ土俵に上げてしまう美味いという言葉は現代において機能不全を起こしている。この部分に僕はずっと違和感を覚えていたし、誰かが改善するものだと思っていた。だから僕は待った。心から待った。だがもう待てぬ。僕が発明しよう。新しい言葉を。安くて美味いモノを形容する新しい言葉を!

発表












「UMAX(うまっくす)」


今後は安くて美味い食い物の美味さを全てUMAXと表現していきたい。このUMAXは密かなブームとなり、いずれ馬鹿に見つかることでブレイクし、人口に膾炙する。やがては日本で一番本気の辞書であり、能う限りの初出を明示するという狂気の編纂方法で知られる小学館の日本国語大辞典に「UMAX 初出 ぱりてきさすのデイトレード日記」と掲載されよう。そして我は永遠となるのだ。 


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2012年05月04日

パリ、テキサス、ピョンヤン 第1話

今からちょうど10年前、僕は北朝鮮にいた。当時は小泉訪朝前で日本人拉致も発覚しておらず、日本人でも北朝鮮に旅行することができたのだ。当時の僕はすでに株に手を染めており、911の大暴落も何とか乗り越え、日韓W杯に日本中が沸くことを先取りしてコナミ株で一儲けしていた。僕にとってはありがたい日韓W杯だったのだが、日韓W杯を心から憎んでいる男がいた。それは金正日だ。この男、韓国が世界から注目されることが気に食わない。大韓航空機爆破事件を覚えているだろうか。あの事件はソウル五輪に対する嫌がらせとして遂行されたものだ。さしもの金正日でも、再び飛行機を爆破するわけにはいかない様で、日韓W杯にかぶせるように北朝鮮独自の祭典であるアリラン祭を企画した。これに当時の僕は食いついたのだ。おもしろそう。行くしかねえ。

何人かの友人に声をかけたのだが、誰も乗ってこない。僕はこれが信じられなかった。北朝鮮みたいなインチキな国はいずれ崩壊する。今のうちに行かなければ多くのバカバカしさを見逃してしまうではないか。こういう風に口説いたのだが、誰も説得することはできなかった。こいつらはバカバカしさに対する愛が足りていない。構わん。僕一人でも行く。当時の職場では連休を取ることは非常に困難だったのだけども、北朝鮮土産を確約した上で休みを掻き集めた。パスポートを取り、ツアー代金を振り込んで、北朝鮮関連の書籍を読み漁るなどして準備を終えた。

北朝鮮出発当日。関空へと向かう。関空快速に揺られているとだんだんブルーになってくる。金正日が今回も飛行機を爆破しちゃったらどうしようであるとか、旅行の注意事項にマスコミ関係者は厳禁とか書いてあって(当時は日経新聞記者が不法入国で拘束されていた)、マスコミで働いていることがバレたら帰って来られなくなるんじゃないかなどなど、どんどん不安が募って来る。関空についた際にハーゲンダッツの自動販売機を見つけた。バニラと迷うも抹茶を購入。これが最後の資本主義の味になるのではないかなどとぼんやり考えながら食べた。資本主義の味は美味しかった(この話、あとで伏線になるよ)。

北朝鮮への直行便はなく、ウラジオストック経由で一度乗り換えて入国をする。ウラジオストックエアラインだったかな。なんだかそんな名前の航空会社だった。スチュワーデスはパツキンのロシア人ばかり。全員がシャラポアに見えた。スタイルもボンキュッボンでとても同じ人間には思えない。そんな彼女らがボロボロの飛行機の中をキビキビと移動している。そのたびに通路側からはきつい香水のにおいが漂ってきた。そして僕のすぐ左の窓側には20才くらいの女の子が座っていた。アトピー質の肌で乾燥した飛行機内が肌に堪えるのだろう。何度も首筋を掻いていた。血が滲んでいるのが見えた。なんだか見るからに繊細そうで細心の注意を払わなければ傷つけてしまいそうな雰囲気。僕はあれこれオブラートに包みながら彼女にいろいろと話かけるのだが、少し間が空くとすぐに窓の外を眺めてしまう。それでもいくらか打ち解けて来たときに、僕は大きな勘違いをしていたことに気付く。僕はてっきり彼女も僕と同じ北朝鮮ツアーの一員だと思っていたのだが、彼女はウラジオストックで降りて、シベリア鉄道でドイツまで一人で行くと言うのだ。

なんてことだ。僕は今手持ちのオブラートをさっきまでのトークで全部使い切ってしまっている。このままオブラート無しで彼女と会話を続けると、「女一人でシベリア鉄道って正気でっか。そないなもん白熊みたいな露助どもにぐるぐるに廻されたあげくに窓からツンドラにポイ捨てでっしゃろ」などと言ってしまいかねない。万事休す。この旅はまだ始まってもいないのに。ヘイ、ボンキュッボン!プリーズギブミーオブラート!

窓の外を眺めると日本では見ることのできない大陸感丸出しの地平が広がっていた。ボロボロの飛行機はウラジオストックの大地へと滑り込んでいた。


つづく


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2011年06月19日

911テロの頃 下

そしてテロのときの話なんだけどもさ、アメリカの市場は一週間閉鎖になったのね。それを受けて日本の市場は全銘柄の値幅を通常時の半分に制限したの。これはめちゃくちゃ正しい判断だと思う。こういう大きな事件が起きたとき取引所は値幅を制限すべきだと僕は心から思うのね。市場はリスクを取りたい人と取りたくない人との受け渡し場所だと思うのだけども、値幅を制限することで双方に利益があると思う。1日目は値幅制限によってほぼ全銘柄がS安だったんだけども、確か2日目ぐらいからは値段が付く銘柄も出てきていたように思う。値幅を制限することでS安に大量の売り注文が殺到しているわけ。リスクを取りたい側からすれば、大量の枚数を確定的な値段で一度に仕込めるチャンスなわけよ。そして市場のあちこちで全玉約定が相次ぐと雰囲気が一気に改善するから。S安での全玉約定は短期での需給反転も確実だしね。

なんでこれを東日本大震災のときにやらなかったかだよ。当時に比べて東証はただでさえ値幅を拡げていたの。そして東京から200キロの距離で原発が爆発しているんだよ。しょうもない資本提携だのなんだののニュースで情報の真偽を確かめるために売買停止をするのに、原発が爆発してて売買停止をしない理由がわからない。無能な奴は前例のないことができないわけだけども、前例のあることもやらないってどういうことだよ。株式市場の時価総額って国富でしょ。日本人が長い年月をかけて築き上げてきた富そのものだよ。なんで国富を守らないの。なんで冬の夜に裸にひんむいて玄関の外に蹴り出すような真似をするんだよ。国富ちゃん泣いてるよ。そりゃね、踏み込んだことをすればいろいろと弊害があるのはわかるけれども、優先順位を考えれば大した問題なんてないんだって。それで火事場泥棒の外資に市場を開けていたことを評価するとか言われてまんざらでもない顔してんだぜ。ホント死ねばいいのに。あと、NY取引所がテロ後再開されるときって立会場みたいなところに関係者を全部集めて「アメリカはこんなことではくじけないぞ!!エイエイオー!!」みたいなことをみんなで言った上で、オープニングベルをカランコロンカランだよ。日本は首相がもうダメかもしれないみたいな話を目が泳ぎまくりで会見をして、原発がドカンと爆発した直後にそのまま後場スタートだよ。全然違うでしょ。なんなのこれは。これさ、俺が地震でぶっこいたからとかでこんな話しているんじゃないよ。天に誓って大儲けしていたって同じことを言っている。こんなのめちゃくちゃだって。

このペースで脱線しながら話を続けるといつまでも終わらない可能性が出てきてしまったので、超駆け足で続けるね。それで資産が半分になっちゃって大学の単位も全然足りていない状態だった僕は株をもうやめようかとか思っていた。そうは言っても未練があるもんだから最後に一発勝負してやるかと仕手株に手を出したんだよね。このあたり発想から行動まで全部どうしようもないんだけども、とにかくやってみた(こんなの真似しちゃ絶対ダメだよ)。何を基準で選んだのかも覚えていないのだけども、住倉工業を余力全力で買ったんだよね。住倉工業はいろいろおもしろい会社なんだけれども、その話をし出すとまた終わらなくなるので割愛。ここからは脱線話は注釈形式で行くわ。(*1) しばらくするとこの住倉工業の株がボロ株祭りの流れに乗って運良く上がりだしたわけ。うれしかったなぁ。ウキウキしてた。気分良く大学に通って単位取りに精を出していたある日、授業が休講で飛んだので図書館のパソコンルームで野村のホームトレードで住倉工業の値動きを監視していたのね。そしたら住倉工業のチャートが奇妙にジグザクしだして、まるで株トレーダー瞬(*2)の大材料が出るときみたいに蠢きだしたの。そのとき、なんだかよくわからないけれどもとにかく今すぐこの株を売らなければいけないという猛烈な衝動に襲われて、即携帯でログインして全部成り行きで売ったんだよね。約定通知が返ってきてから野村のホームトレードのチャート更新ボタンを押したら、株価が垂直落下を始めていた。本当に間一髪だった。授業が休講になっていなかったり、即売ってなかったら含み益を全部溶かしていたと思う。証券口座には220万円のお金が残っていた。どうにか911テロの損失を取り返すことができた。その日の帰りに当時良いことがあるといつも立ち寄っていたくら寿司でたらふく食って、もう少しだけ株を続けてみようかなってぼんやり考えたことは今でも良く覚えている。

完全にこの話は運だけ話の教訓ゼロ話になってしまっているわけだけども、当時はこんなにも運だけで株をやっていたということで。この後には小泉メガバン救済相場やBNFの書き込みを読んでの株研究の本格的なスタートなどがあったわけです。また暇なときにそこら辺の話はしたいと思います。


(*1)住倉工業 住倉工業はその1年後終値1円で上場廃止になるのだけども、実は債務超過ではなかったことから残余財産の配分を株主に行った。その分配は11.95円だったので一撃で12倍になったというおもしろ銘柄なのだ。

(*2)株トレーダー瞬 カプコンの作ったデイトレードゲーム。これが思いの外良くできていて普通におもしろいw 材料が出るときにチャートが高速ジグザグを始めだし、それに飛び乗ったり空売りで突き落としたりなどして、COMと対決する。特殊能力がいろいろと使えてそれらの組み合わせでいろんなハメ技が使えたりもする。上手くなるとお金がゴミのように増えて超気持ちがよい。クリア後の裏ボスは容姿がまんまBNFで最強キャラ。恐ろしく強い。



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911テロの頃 上

この段落書き終わってから書いているんだけど、長すぎるよ。自分で校閲する気も起きないわ。思い出に止め処のない男になりたいから仕方がないんだけどもね。


なんで今さら911話をするかっていうと、ビンラディンが殺されたときにしようと思っていたのだけども、めんどくさくて投げ出していたものをポジが軽くなって気も晴れてきたのでお蔵出し。10年前のことで記憶がかなりあやふやなんだけれども、多分大まかには間違ってないと思う。重箱の隅をつついたバーチャ認定厨とか勘弁な。いや、別にいいんだけどね。専業で株をやっている以上ぬるい気持ちで株ごっこをしている奴らをパフォーマンスで絶望させないといけないと思っているから。絶望の発露としてのバーチャ認定とかありがたい限りです。同時に真剣に株をやっているけれども結果の出ていない人には希望となるようなパフォを叩き出したいとも思っているわけで、これからするのは僕がまだ本当にド下手クソでどうしようもなかった頃の話。

僕が株を始めたのが正確には定かじゃないんだよね。今までは99年の冬の気がしていたのだけども、初めて買ったパソコンがウインドウズミレニアムだったから、00年の冬なんだと思う。パソコンを買ったのは株の売買がしたかったから。最初に作った証券会社は今はなきシュワブ東京海上証券。投資雑誌の広告を見て確か選んだんだと思う。ときどき僕は手数料の高い証券会社で売買している人をディスっているわけだけども、シュワブはやや高めの手数料体系だったと思う。そのあたりからしてもうダメダメなんだよね。そして初めて買った株はKCE東京。これはコナミコンピュータエンターテイメント東京の略で、コナミの子会社のソフト開発会社。主にウイニングイレブンシリーズを開発していた会社だった。当時の僕はウイニングイレブンにドハマリしててこんなおもしろいソフトの開発元の業績が上がらないわけがないとか思って買っていた。基本的に子会社株って碌でもないんだよね。コナミのソフト子会社はKCE東京の他にKCE大阪、KCEジャパンとあってKCE福岡だか名古屋も上場させるとか言っていたんだけども、あちこちでやり過ぎだろと批判されてこれら子会社を最終的には安値で本体に吸収させていた。コナミは北尾吉孝も真っ青の市場財布主義会社だった。

今日は脱線が多くなりそうなんだけれども話を戻して、元手200万円で株式投資をスタート。メインポジはKCE東京。株価はウイイレの売上と連動するとか思っていたんだけども、全然連動しないのよね。KCE東京を放置しながら残ったお金でいろいろと手を出すもパッとせず。そういう状況が続いた上での911テロだった。テロ前の口座残高は170万くらいで、テロの暴落で資産の瞬間安値は79万だったと思う。信用取引をしていない状態でこれだからね。かなり凹んでいたなぁ。


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2011年05月25日

任侠ヤクザ映画について

すんげえ弱いのだけどもち〜っとも下がらない。下がるっちゃ下がるんだけど下がらない。誰も日本株を持ってないからそもそも下がらないんじゃなかろうか。売りポジとか簡単に踏まれるからね。これ今日アメリカが大きく下がってもどうせ日本は-80円で始まって寄り底とかだと思うんだよね。売りポジが儲かる気がしないんだよな。


昨日の記事にmadさんから任侠映画話をしてくれとのことなので、糞相場で書くこともないので喜んでします。

まず任侠映画とヤクザ映画は違うんだけども、時々ここを一緒くたにすると怒る人とかいるんだよね。でも、僕は怒りません。こんな隅っこの世界で縄張り争いなんかしても仕方ないから。仲良く僕は両方好きです。多くの人は任侠ヤクザ映画を暴力映画だと思っていると思う。それは一面では正しい。でも任侠ヤクザ映画の本当の主題は「破滅」なんだよね。このことを踏まえて任侠ヤクザ映画を見るとそれだけで違った見方ができるんじゃないかな。

誰しもが心の内にある一定の破滅願望を内包していると思う。トレーダーの世界においてこの破滅願望はやっかいな代物なんだよね。レバのある世界では破滅願望とともにアクセルを踏み込めばどこまでもいけてしまう。僕にも破滅願望はあるわけだけど、現実として破滅するのはまっぴら御免。だから破滅願望を慰める必要が出てくるわけ。となってくると、任侠ヤクザ映画で描かれる美しい破滅は最適の処方箋なんだよね。だってさ、株でレバかけて破滅とかまったく美しくないから。美しい破滅を知っていればこれ、そんなみっともない破滅を回避できるのだ。

で、おすすめ任侠ヤクザ映画紹介コーナー 

任侠映画のベストは「総長賭博」。これがやっぱり最高傑作だと思う。すべての登場人物が自身の内なる美意識を貫徹するがゆえに破滅への道をそれぞれが選んでしまう。美は精神にしか宿らず、その存在は行動によってのみ証明される。登場人物たちは皆、それぞれの美を証明せんと真っ直ぐに滅んでいく。恐ろしく大きな美。それに魅入ってしまった人々の生き様と死に様。完璧。美とは何かを追求し続けた三島による本作の映画評論文も最高。ディスイズオールタイムベスト。

ヤクザ映画のベストは難しいんだよね。任侠映画に存在する様式美的なモノを排した作りなのでどれも別の良さがあるから。エポックメイキングなのはやっぱり仁義なき戦いの第一部であることは間違いないし、仁義なき戦いの第一部が傑作であることに何の異論もないのだけども、僕はあえて「県警対組織暴力」を挙げたい。この映画のクライマックスシーンが僕は大好きなんだよね。松方弘樹が警察に取り囲まれながら「わしゃのおおおお!おどれの旗なんかじゃあるかい!!わしゃわしの旗ふっとるんど!!!」って叫ぶシーンが最高なんだよ。例えば会社の人間関係とかに疲れたときとか、このセリフを松方弘樹になりきって風呂場で叫ぶとめちゃくちゃに気持ち良いと思うよ。僕もときどきやっております。

最後に、今日取り上げた総長賭博、仁義なき戦い、県警対組織暴力これら全部の脚本家は同じ人で、笠原和男先生なんだけれども、この先生の「破滅の美学」も名著。「もしこの世のものとは思えないものを美しいと規定するのであれば、究極の破滅もまた美しい」 痺れさせすぎ。




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2011年04月23日

孫正義

今ユーストで孫社長のプレゼンを見終わったんだけど、やっぱ孫正義は男だわ。マジでカッコイイ。最高に痺れた。今回の自然エネルギー財団の創立とか、僕の期待している方向性ってこういうことなんだよな。これなんだよ。これ。夢があるじゃん。新しいことを今して欲しいんだよ。肝心のプレゼンのユーストリーム動画はこれ。2時間近くあるので週末のお暇な時間にでもどうぞ。質疑応答の場面で「やらんといかん」って話をするのだけども、この場面でウイリアムジェイムズの宗教的経験の諸相って本の中の一節を思い出した。

<何か大事が起きたとき、人は自問自答して、多くの人は「誰かがことにあたるだろう」と考えるが、稀には「なぜ私がことにあたらないでおられよう」と考える人がいる。この両者のあいだに人類の道徳的進化の全過程がある>

孫正義は「なぜ私がことにあたらないでおられよう」って考える男なんだよな。この時代に孫正義が存在するということが希望だわ。こういうことを書くのには勇気が要るけれども敢えて書きたい。孫正義は僕のヒーローだ。


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2011年04月13日

やりきれない

地震から一ヶ月が経ってともかくは落ち着いてきたのだろうけれども、メディアなんかでいまだに原発をぶんぶん推進したがる人たちの話に触れるとめちゃくちゃ違和感を覚える。正直気が滅入るんだよな。原発って完全に割に合わないでしょ。原発のランニングコストは安いうんぬんって嘘じゃん。こんなものプットの売りだとかフィボナッチナンピン逆張りなんかと同じで、ほとんど勝てるけど死ぬときはスーパーアボンでまともな手法じゃないんだって。ほとんど勝てる部分だけをフューチャーして機嫌を取るなよ。インチキペテン商材屋と同じじゃないか。

あと、今回の事故を踏まえてこれからは津波対策や冷却を完全に出来るようにがんばりまーすってのもさ、全然違うでしょ。津波とかかわいいもんなんだって。ジャンボジェットをハイジャックされて原発に突っ込まれたらどうすんのよ。ビルの鉄骨をも溶かすジェット燃料と物理的衝撃で原発ご自慢の五重の防御壁とやらも一撃アボンでしょ。絶対次にテロが起きるならこれだからな。こんな最大効率でダメージ与えられるテロないもん。もし起きてもどうせ想定外でしたとか言うんだろ。原発ってシューティングゲームのボスみたいだよな。シューティングゲームのボスって弱点が赤く光ってたりするでしょ。あれと同じだわ。馬鹿みたい。

日本がさ、なんにもないしょーもない国だったらきっぱりと諦めもつくんだけど、今回だって世界中の工場で日本製の部品が調達できなくて困ってたりするんでしょ。技術的な部分ではMAXレベルのモノを持っているんだったらさ、自然エネルギーとか本気でやってくんないかな。こういうこと言うと太陽光は補助金なしじゃペイ出来ないとかすぐ反論してくるけどさ、逆に言えば補助金がなくてもペイ出来るレベルのモノを作れば圧勝きちゃうわけでしょ。いつだったか、カリフォルニアの排ガス規制のマスキー法とかだって絶対克服できないとか言われてて、ホンダが克服しちゃったじゃん。ハードルが高くともやればできるって。夢だってあるじゃん。これから人口が増えてエネルギー需要が爆発する国っていうのは、ブラジルやインドネシア、インドにアフリカとみんな赤道近辺でしょ。大チャンスだと思うんだけど。んでもって売り込むときはさ、福島原発の事故写真を延々見せて原発は危険ですよ〜って霊感商法よろしく脅して売りつけるの。いけるって。大儲けの臭いが立ち込めすぎてむせ返りそうだわ。自動車で覇権を取ったみたいに次は自然エネルギーで覇権を取って日本を豊かにしようよ。全員が乗っかれる夢のある目標を今こそ掲げてくれよ。

なんかね、これだけの大地震が起きて、これだけの大事故が起きて、たくさんのものが失われて、それでも日本がなんにも変わらなかったら、それこそが最大の悲劇なんじゃないかって最近凄く思うんだよね。その兆候があちこちで見て取れて、なんだかもうとにかくやりきれない。


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2011年03月15日

大地震のこと

あれは小学二年生の頃だったと思う。文弱だった僕は図書カードのスタンプを誰よりも早く集めることに喜びを見出していた。そんなあるとき、目に留まったのが「マンガ日本の歴史」。誰でも一度は見かけたことがあると思う。日本の歴史を縄文時代からマンガで描いた作品だ。確か全13巻だったと思う。「しめしめ、マンガなら簡単に読めるはず。これでスタンプを大量にゲットだ」 そんな気持ちが過ぎっていたのかもしれない。なんにせよ、僕はマンガ日本の歴史を上限である3冊分を借りては目当てのスタンプを図書カードに3つちょこんと押して貰ったのだった。

家に帰ってから読み進めると、最初の縄文時代こそつまらない内容であったが、巻を進めるごとにどんどん面白くなってくる。早く続きが読みたくて仕方がない。それからの僕は今まで以上にピッチを上げて、マンガ日本の歴史と引き替えにスタンプをゲットしていった。そしていよいよ最終巻。背表紙にはたしか「戦後の日本」とか書かれていたと思う。見開きを開けるとそこには空襲によって一面の焼け野原になった東京の姿があった。遠くには富士山が今と変わらない姿で鎮座している。僕はこの写真を見たとき、滂沱と涙がこぼれ落ちてきたのだった。その前年に僕は親に連れられてディズニーランドに連れて行ってもらっていた。東京の街を僕は知っている。たくさんのビルが立ち並び、見たことのない数のホームに電車がひっきりなしにやってきていた。そんな東京の街がかつてはこんな焼け野原だったのかと知って、僕は感極まって泣いてしまったのだった。マンガ日本の歴史の最終巻は日本の戦後の復興を足早に描く。東京五輪と新幹線開通。高度経済成長にG7。写真撮影で居並ぶ各国の首脳の中に有色人種は日本人だけだ。僕はこんな日本という国の末席にいるのだ。なんて誇らしいのだろう。そんな気持ちで胸が一杯になった。戦争に負けた日本は見事に復興して見せていた。

今、なぜこんな思い出話をしているかといえば、それはもちろん今回の大地震を目の当たりにしたから。大津波によって風光明媚な港町は瓦礫の山と化した。多くの人々の命も失われた。だが、テレビは悲惨な映像とともにこの苦難の中で崇高な精神を発露する多くの人々の姿も映し出していた。混乱の中で整然とある姿。命がけで事に当たる人々。それぞれがそれぞれに出来ることを粛々としている姿には胸を打たざるを得ない。僕がただ吹き上がっちゃっているだけなのかも知れないけれども、やっぱり特別なことだと思うんだよ。僕は少し前まで疑っていたのだけども、翻すことにした。信じる。日本はよみがえる。何度でもよみがえる。



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2011年01月24日

直感について

ポジを解消して余裕が出てきたので久しぶりに雑文をば。

株のエントリーやクローズをするとき、人それぞれ色々な理由を元に行っているのだと思う。理屈でする人もいれば直感でする人もいる。理屈は説明ができるからこその理屈なわけで今さら説明はいらない。今日取り上げたいのは後者の直感について。説明のできない直感とは一体なんなのだろう。

僕は株式投資を始めてかれこれ10年が経つのだけれども、その間いわゆる直感には何度も助けられて来た。直感の言うことを聞いていなければ、今の自分はないと思う。そういうこともあって僕は直感に対してかなりの重きを置いてトレードをしている。メインは理屈なのだけれども、直感を無視することは絶対にない。必ず俎上に乗せて一度は吟味はする。ブログではなんやかやと毎回理屈をこねているけれども、後付けでこね回していることが多々あったりするんだよね。「直感で売買しました。」なんて言ったら格好悪いもん。いつも格好付けてるんです。

僕が考える直感とは、積み重ねられた経験を元に脳が無意識下で導き出した解なのだと思う。無意識下で導き出されるものだから途中の式はよくわからない。解だけが突然脳裏によぎる。だから面食らうことばかりなので、にわかには信じられなかったりする。直感のやっかいなところはここにあると思う。でも、無意識下で導き出されているがために、自分の意識上では忘れてしまっている事象なんかもここではフォローされていることがあって、結果が出てから「ああ、そういえば・・・」みたいなことは何度でもあるんだよね。これが直感の持つ凄みだと思う。

そんな直感だけれども、僕は直感は涵養できるものだと思う。直感は経験を元に脳が無意識で導き出した解ではないかと前述したけれども、経験とはつまりは感情の蓄積なのだと思う。人が行動したとき、なんらかの結果が生まれる。その結果に対して人にはなんらかの感情が生まれる。言い換えれば感情は行動と結果の結論なのだと思う。たくさんのトレードをすればするほど、たくさんの結果が生まれ、その結論として様々な感情が人間の内に蓄積されていく。これらは膨大な数になって意識下では捕捉できないのだけれども、人間の脳内では無意識下で静かに蓄積されて行くのだと思う。そして、あるとき自分がかつて経験した状況と酷似した状況に無意識が反応して、過去の自分がかつて感じた感情の部分だけが突然浮かび上がってくる。それが直感だと僕は思う。

だから真摯に相場に向き合って、たくさんの経験を積んでたくさんの感情をストックすれば、直感を生みやすい状況を自分で作ることができるのではないかと思う。投資における経験の重要性ってこういう部分にもあるのではないかな。僕の仮説では直感は経験に比例するものだから。でも、すべての直感が当たるわけではないのが泣き所だよね。そういう直感が外れたときの感情も次へとストックされて行くのだろうけれども。


ここからは余談だけども、よく株の初心者の人で、バーチャルトレードに励む人やまたはそれを推奨する人がいるけれども、僕はバーチャルトレードはしてはいけないと考えている。むしろバーチャルトレードは有害なんじゃないかな。

リアルトレードの場合

(行動)    (結果)    (感情)
株を買う→株価が上がる→嬉しい

株を買う→株価が下がる→悔しい

バーチャルトレードの場合

(行動)    (結果)    (感情)
株を買う→株価が上がる→悔しい(リアルマネーで買っていれば・・・)

株を買う→株価が下がる→嬉しい(リアルマネーでないから損しなくて済んだ) 


バーチャルトレードの場合、感情が本来のトレードのときとは真逆になってしまうのね。これだと経験を積んだことにはならないと思う。直感を生むための蓄積とは真逆のことをしてしまっている。だからどんなに少額であってもリアルマネーで相場を張らなければ意味がないんじゃないかな。



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2010年11月29日

リスクコントロール

少し前にリスクコントロールの話をしたけれども、僕のリスクコントロールに対する私見の続きをば。その時も書いたけれども、僕は相場観で負けるのは仕方がないことだと思っている。それは未来は誰にもわからないものだから。未来がわかるような口を叩くのは、およそ下手くそと詐欺師ばかり。未来は誰にもわからない以上、相場観で負けるのは仕方がないことなんだよ。その代わり、リスクコントロールで負けるのは絶対に許されないことだと思うんだよな。なぜならリスクコントロールは完全に自分で設計出来るものだから。この部分での負けはあってはならないことだと思う。良くあるパターンでさ、相場観で負けて頭に血が昇っちゃって我を忘れて大ロットに手を出して爆死。みたいなのがあるけれども最悪のパターンだよね。相場観で負けるのは仕方がないんだよ。でも、どんなときもリスクコントロールだけはやり遂げなきゃいけない。

んで、リスクコントロールとはなんぞやって話になるのだけども、どれだけリスクを取れるかというのは各自全然違うから、リスクコントロールも千差万別なんだと思う。例えば実家がボンボンだったらいくらでもリスクは取れるはず。最後はスネを囓れば良いんだからさ。ボンボンやその反対に囓るスネがない人、兼業で毎月収入がある人、専業で収入源が株のみの人、若い人、お年寄り、みんなそれぞれ取れるリスクって変わってくると思う。だからまずは自分はどれだけのリスクを取ることが出来るのかをしっかり考えなきゃいけないと思うんだよな。

僕のケースで言うと、僕は19歳から株を始めたのだけども、当時の収入は手取りで350万くらいあったのね。だからもう初期の頃は無茶張りを何度もしてた。運が良いことに信用口座を開いていなかったので、たいして大損はしなくてすんだのだけども、多分このころ信用口座を作っていたら911で完全退場していたと思う。その後、りそな救済後の銀行株相場から信用口座を開設して、全力二階建てでみずほを買いまくったりしていたんだけども、資産が2000万円を超えたあたりから全力二階建てが怖くて出来なくなったんだよね。2000万とか働いて作るには大きすぎるお金なので、僕はびびってしまってそこでチキンレースからは完全に降りた。それ以降はコツコツ主体のトレードで1銘柄に対する総量規制も作って不測の事態が起きても大丈夫な様に、リスクを自分で設計するために心血を注いだ。だからさ、その後の新興大バブルとか、僕が下手くそなのを差し引いても大きくは乗っかれなかったんだよな。周りの人たちは物凄い勢いで資産を増やしていくのに自分はうまく乗れずに凄く焦ったのを覚えてる。でもさ、その後リスクコントロールがきちんと出来なかった人たちは、みんな儲けたお金を全部返上しちゃっていたからね。チキンレースに早降りして、リスクコントロールが出来る体になっていたことが今に繋がっているのだと考えれば、それは結果的には良かったのかも知れない。

リスクコントロールが出来ない人は、必ずどこかでバーストしちゃうんだよね。それは未来は誰にもわからないものだから。必ず不測の事態は起きるから。リスクをコントロールすればこそ、不測の事態にも耐えられるんだよ。自分自身の置かれている状況を見つめて、自分はどれだけのリスクを取ることが出来るのかを導き出さなきゃいけない。チャートやファンダを研究することも大事だけれども、このリスクコントロールの部分を研究することはもっと大事なことだと僕は思う。じゃあ、リスクコントロールって具体的にどうすりゃいいのって話になるのだけども、これは凄く簡単な話だ。ロットを下げること。これだけ。ヘッジとか所詮は弥縫策。ロットを下げることでしか、リスクコントロールは究極には実現出来ない。そう思う。




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2010年09月16日

成功について

なんか最近、「お前のブログを読むと憂鬱になる」みたいなことをあちこちで言われて、今日は元気が出る話をしようと思って、成功するにはどうすれば良いかという話をしようと思う。僕の成功なんて本当に生煮えのしょっぱいものだけども、普段成功について考えていることをまとめてみました。成功の定義については話が散漫になるんで触れません。

成功した人たちの中にはたとえば慈善活動に手を出す人たちがいるけれども、そういうもののいくつかを見て思うのは、凄く非効率的で言ってしまえば無駄な慈善活動をしているように感じてしまうことがある。なんというか、ザルで水を掬うかのような慈善活動に意味があるのかと思う。じゃあ、お前の考える効率的な慈善活動(慈善活動という言葉を最初に使っちゃったから、ちょい意味合いがずれちゃってしまっている気がするけど、「正の行動」みたいな意味合い)って一体なんなんだという話になるわけだけど、僕の考える効率的な慈善活動っていうのは、成功した人間がいまだ成功していない人間にチャンスだけを与えることだと思う。なぜチャンスだけを与えるのかと言えば、なんでもかんでも与えてしまうとお互いに不幸になってしまうから。

このシステムはもちろん対になっている。そしてそれはいまだ成功していない人が何をすべきかという答えにもなっていると思う。いまだ成功していない人は、努力したり自身の能力を高めるなどして、あとはもうチャンスさえ与えられればいつでも成功できるというポジションにつねに立っていなければならない。これができていない状態でたとえチャンスが与えられても、それは活かすことができないから。チャンスが与えられればいつでも成功できるよう、そのチャンスが死にチャンスになってしまわないように、つねに自分を高めていなきゃいけないと思う。

少し前にオカルト話をしたときに、運は人が運んでくるという話をしたけれども、それと少し似ている。天与という言葉があるけれども、チャンスは完全に人与なんだよね。そのことを念頭に考えて、この与える者と与えられる者との正の連鎖の中にいかに自分を組み込むかだと思う。僕なんかまだまだ人にチャンスを与えられるような立場の人間じゃないし、これからももっともっとチャンスが欲しい側の人間なんだけれども、こういう正の連鎖ってこの世界には歴然とあるから、その連鎖をイメージして、自分もその輪に繋がるべく行動を取っていればチャンスはいつか与えられ、そのチャンスはきっと活かせると思う。最小不幸社会とかロクでもないと思うんだよな。努力しているにもかかわらず、チャンスだけに恵まれていない人間のみが救われる価値がある。僕はそう思う。そして、「成功した人間はチャンスのみを与え、いまだ成功していない人間はチャンスだけが必要な状況にまで自身を高める」そういう仕組みで動く社会はきっとより多くの幸福を産むに違いないと思っている。



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2010年08月20日

ぼんやりした話 その2 

凄くぼんやりした話。なんとなく最近思っていること。近頃の相場について。そして矛盾。

なんか今の相場って利が全然伸びないんだよね。完全なポイントでポジ取っても全然利が乗らないからなぁ。完全なポイントでさえそういう状況なので、中途半端な場所で入るともう全然だめ。出来高が少な過ぎる上に、9000円の節目を前にしての綱引き。やるだけ削られちゃうよな。あと、出来高が少ないので仮にポジティブな転換的な大きな出来事が起きたとしても織り込むまでに時間がかかりそう。逆にネガティブな出来事が起きたら容赦なく投げられてしまう。だから今ポジる意味がほとんどない気がするんだよな。あと、いろいろ定点観測しているモノを見ていると、やっぱり資金の流出傾向が止まっていない。だらだらと流血している雰囲気。

僕の得意なトレードっていうのはピンポイント底で買って適当なところで売るっていうトレードなんだよね。有名な相場格言に「頭と尻尾はくれてやれ」ってのがあるけれども、それで言うと僕は「頭で買って腹で売る」みたいなトレードが得意なわけです。今って頭で買っても腹まで持って行けないんだよね。んでもって、まだ腹食ってないから粘りたいってスケベ心を出すと頭まで取り上げられちゃうからな。それこそ今儲けようと思ったらピンポイントで頭買いの胸売りみたいなアクロバットで全然うま味のないことをやらなきゃいけない。その上、頭だと思って買ったときに逆に行かれると取り返すのがめちゃくちゃ難しいんだよね。労多くして功少なし。

などなど、つらつらと書いてきましたが、結局何が言いたいかと申しますと、長い夏休みの言い訳をしているわけです。もっと相場を休みたい。でもさ、本当に言ってることがめちゃくちゃなんだけれども、今日の引けでアンリツなんかを買って持ち越しとかしてるんだよね。なんでこんなことするんだろう。でも、こういう矛盾した行動って凄く意味があるんだよなぁ。その部分に関してはまたいずれ。

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2010年08月16日

ぼんやりした話 その1

凄くぼんやりした話。なんとなく最近思っていること。お酒を飲むと若い人たちについついしちゃうそういう話。

このブログに若い読者の人が少ないのは知っているのだけども、もしこれを読んでる人のなかに10代20代で働いている人がいれば、今はどんなことがあっても働いてお金を貯めまくった方が良いと思う。残された時間ってそう長くない気がするんだよな。多分あと15年くらいかな。これ別に不安を煽っているわけじゃないんだけど、率直な予想として本当にそう思うんだよね。

景気が良くなれば給料が上がるなどと思っている人がいるかも知れないけれども、日本人の給料ってもう上がらないと思う。よく小泉時代に企業業績が上向いたのに給料が上がらなかったから小泉改革は間違いだったみたいなこと言う人がいるけど、全然違うと思う。となりに中国がある限り日本人の給料が上がるわけがない。日本人には手が3本生えているとかだったら話は別だけども、中国人も日本人も同じ人間なわけで、能力がほぼ同じなわけなんだから日本人の給料は中国人の給料と同じレベルまで下がると思う。世界がグローバル化して労働力に国境がどんどんなくなっているのだから当然の結果だよね。今はまだ中国人の給料と日本人の給料の間に鞘があるわけで、だからこそ今働いてお金を貯めまくるのが唯一の正解だと思う。

何言ってるんだ。物価が違うんだから給料がそこまで下がるかって思う人もいるかも知れないけど、物価はこれからもドンドン下がり続けると思う。家賃とかも給料水準が下がることによる需給によってドンドン下がり続けると思う。今、家やマンションを買うのは狂気の沙汰だと思う。ここ10年で値段の上がった物ってなにかあるのかな。すぐには思いつかない。そして、日本人の工場労働者と中国人の工場労働者の賃金水準が同じレベルまで落ちてきて底を打ったかと思ったら、今度はアフリカ人の工場労働者と同じ水準に向けて給料は下がり続けると思う。グローバル化した世界では貧しい人間の安い労働力が尽きるまで賃金水準って下がり続けるんじゃないかな。もちろんこれブルーカラーに限った話じゃない。ホワイトカラーの給料もドンドン下がるはずだと思う。

グローバル化した世界では国も会社も人々も大袈裟に言えば全世界同時競争の渦中に放り込まれる。今のお花畑な政権では競争は悪みたいな風潮を醸し出しているけれども、善悪とか関係なしに否応なく競争の渦中にすでに放り込まれている。グローバル企業なんかは世界中から優秀な人間を高給で集めているわけだけど、そういう一部の世界中での競争に勝ち残った人間だけが高給を得ることになるんじゃないかな。もし、そういう上位競争に勝ってエリートになることができれば何の問題もないのだけど、下位競争の中で無限に給料が下がり続ける立場に置かれてしまうのならば、チャンスはここ15年だと思う。中国人との給料に鞘があるうちに働いて金を貯めまくれ。この機を逃せばまとまったお金を労働によって手に入れることってできなくなると思う。そうなると永久下位競争に巻き込まれて、抜け出す困難さが途方もなくなるはず。そういうことをぼんやり思う。

posted by ぱりてきさす at 22:50| Comment(20) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする