今日は電機以外は総じて強くて、小型優良シクリカル系にはチャートがこなれて来たところも出て来た。セルインメイってみんなが騒ぐもんだから、先取り調整をしちゃったのかな。5月頭のフランスとギリシャの選挙うんぬんがこの頃のネガティブ要素として取り上げられているけれども、ここを無事に通過してきたらいよいよしあわせえええええモードが始まったりするのかな。今ここで降りれば無傷で降りられるわけで、ここからは欲望との戦いだよな。しくじったら切腹というわけで。切腹と言えば、また持ち株に切腹リスクと頭のお病気リスクの天秤モードがやって来た。今回は切腹リスクを取るよ。んな馬鹿なというラインまで放置させて頂く。
最近切腹話ばかりをしている気がするけれども、ちょっくらそれにまつわる供養話を。どこにも使えない話みたいなのってあるじゃないですか。どんな場でも使い道がないような話。僕は多分そういう無駄話をたくさん知っている方なので、今日はそういう使い道のない話をブログで披露することで供養させて頂きます。
明治百話
っていう岩波文庫から出てる本があるんだけども、この本は明治期に生きた市井の人々へのインタビュー集なの。これがめちゃくちゃおもしろいんだよね。当時としてはありふれた話を集めたものなのだろうけれども、100年以上過ぎた今ではもはや民族学とかそういう範疇に入っているんだと思う。この百話の中で僕の一番のお気に入りは首切り朝右衛門の話。この朝右衛門は幕府お抱えの首切り役人なんだけれども、朝右衛門の一族は世襲で代々首切りをやっていて、この朝右衛門で10代目とからしいのね。江戸っ子しゃべりで「首切りあるある」を披露するんだけども、それがめっぽうおもしろいのよ。やれ逃げ回る奴がいて困るだの、おまえんちにはお化けが出るんだろっていつも言われるけど、今まで出たことねーよとかとか。
ちょっと良い話とかもあってさ、朝右衛門の一族では代々居合いをみっちり教え込まれていたらしいのね。だから居合いの腕はみんな一流だったんだけども、三代目がこれからの首切りは居合いだけを学んでいるようではイカン。身分の高い人間の首切りをするときなど、辞世の句を詠んだりするが、あれの意味がよく理解できないようではいつ大恥をかくことになるかわかったもんじゃないってことで、息子たちには居合いと俳句を学ばせるのよ。んで、この朝右衛門がしみじみと三代目のおかげで恥をかくことなく最後まで首切りを勤め上げることができました。とか言うんだよね。明治という新しい時代とともに首切りという職業もなくなってしまったわけなのよ。なんだか良い話だよなと。ほっこりしちゃう話だよね。
こんな良いほっこり話なんだけれども、どこにも使い道がないのね。飲み会とかでこんな話をしても受けないでしょ。でもこういうほっこり話を俺はいつだってしたいんだよ。俺はほっこりに囲まれたいんだよ。今日は行き場のないほっこり話を一つ供養できてぐっすり眠れそうだわ。
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posted by ぱりてきさす at 01:11|
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