ブログ ぱりてきさすのトレード日記: パリ、テキサス、ピョンヤン 第3話

2013年10月07日

パリ、テキサス、ピョンヤン 第3話

パリ、テキサス、ピョンヤン 第1話
パリ、テキサス、ピョンヤン 第2話

僕らは二台のバスに分乗してこれからピョンヤン市街のレストランへ向かうという。空港からピョンヤン市街へは40分弱かかるそうだ。バスはなだらかな丘陵地帯を切り開いた緩いカーブが続く道路を100キロ超の猛スピードで疾走する。街灯は相変らず一つもなく、バスのヘッドライトだけが闇を切り裂いていく。周囲を見渡しても人が住んでいる気配はなにもない。そんななかでのことだ。なんと前方に人影が見えた。真っ暗闇の中、男がランニングシャツに短パンを履いてジョギングをしているではないか。先行する一台目のバスが猛スピードで男を追い抜く。すると男はバスは一台だと思い込んだのか、後ろを振り返ることなく道路を横断しようとしだしたのだ。直感的にわかった。この瞬間にもう衝突は避けられなかった。バスはクラクションとともに回避行動を取るが、このスピードではどうしようもない。ちょうど僕の座席横あたりからドンッと大きな音がした。男をはね飛ばしてしまったのだ。

バスはようやく停車した。金男が運転手に朝鮮語でなにやら詰め寄っている。運転手は明らかに動揺している。金女は顔面蒼白だ。しばらく金男と運転手のやりとりが続いたあと、運転手はおもむろに懐中電灯を取り出した。金男と二人で様子を見に行くようだ。金男が僕たちに「このままここで待っていてくだサイ」と言い残すとドアを開けて出て行ってしまった。僕はフロントガラス越しに一部始終を見てしまっているのだが、後部座席のほとんどの人たちはこの事故に気付いていない。たぬきやキツネを轢いたくらいにしか考えていないだろう。人の気配が全くないこんな場所をジョギングしている男がいるだなんて普通は思わない。僕はバスの通路沿いに事故現場の様子を窺ってみたが、真っ暗闇でなにもわからなかった。どれほど時間が過ぎただろうか。窓ガラスには小さな蛾が光に吸い寄せられて貼り付きだしている。金男と運転手が二人だけで戻ってきた。僕は怪我をしたであろう男を抱えて連れてくるものだと思っていた。病院に運ぶのだとばかり思っていた。なんと二人だけで帰ってきたのだ。金男はおもむろに僕たちの方に振り返ると「ハイ、ダイジョウブデース」と軽く言い放って席に着こうとした。そのとき僕と目があった。思わず目を逸らしてしまった。運転手は遅れを取り戻すかのようにまたアクセルを踏み込んだ。絶対に「ダイジョウブデース」なわけがないにもかかわらず。

気持ちの整理が終わる間もなく、金男がなにやら自分のカバンからスーパーの袋を取り出してガサゴソとしている。「皆さんこれからパスポートの回収をしマスね」そう言い出すと、僕たちのパスポートを一人ずつ取り上げて行くではないか。手前に座っている僕は一番最初に取り上げられた。「残念なことに我が国と日本は国交がありまセン。パスポートを紛失してしまうと、再発行できないので大変デスね。私たちがきちんと保管しておきマス」とのこと。なるほど。こうやって偽造パスポート作成の原資にするのだろう。さっきの事件のすぐ後だ。僕のこの男たちに対する信用などとうに霧散している。金男はバスの後部まで回収に行き、戻って来た。袋をよく見ると、見慣れたえんじ色や藍色以外のパスポートが大量に含まれている。このときは特に気にも留めなかったのだが、後々どういうことなのかに気付くことになる。

ふと窓を見ると、貼り付いていた小さな蛾たちは吹き飛ばされており、代わりに市街地の風景が広がっていた。コンクリート打ちっ放しの集合住宅がちらほらと見えてきた。バスも初めての交差点で停車する。見ると20代前半の制服を着た女性が真っ暗闇の中を手旗信号で交通整理をしている。この様子だけでもかなり異様なのだが、笛を吹きながら慣れた手つきで往来の自動車をさばいている。この先の交差点のすべてにこの女子挺身信号隊(勝手に命名)が立っており、何人かをやり過ごしたあとに目的地であるレストランに到着した。駐車場には男をはね飛ばさなかったバスがすでに駐車されていた。金男は「少し遅くなりましたが、レストランに到着しまシタ。お待ちどうさまデス」と挨拶をしている。僕は二列目に座っていたこともあり、ドアが開くと同時に飛び出して、バスの自分が座っていた側面に回り込んだ。あの事故の形跡が残っていないか見てみたかったのだ。凹みや血痕がないかを目を凝らして探してみる。だけども真っ暗闇でよく目が見えないのだ。「ギブミー肝油」と小さく何度もつぶやきながら必死に探す。そのときだ。僕の肩に節くれ立った手がかけられた。そして「どうしたんですかパリテキさん。レストランの入り口はそっちではないデスよ」ヤバイ。金男だ。しかも、すでに僕の顔と名前を一致させてやがる。パスポートのときか?名簿の読み上げのときか?いや、今はそんなことはどうでもいい。どうにか誤魔化さなくては。「ああ、いや。キャビネットから荷物を取り出そうと思いまして・・・」 どうだうまく誤魔化せただろ。「何か貴重品デスか?ホテルに着いてからではだめデスか」「ああ、そうですね。ホテルに着いてからでも問題ないです」と続ける。僕はきびすを返すと、金男と目を合わせないようにレストランの入口へと向かった。振り返って金男の様子を窺いたかったのだが、怖くてできなかった。肩には節くれ立った奴の手の感触がまだ残っている。僕は肩掛けカバンのベルトをあてがうことでその感触をもみ消すのだった。






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posted by ぱりてきさす at 19:38| Comment(5) | TrackBack(0) | デイトレ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これガチ話?マジでおっかないんだけど?こえーけど早く読みたいです。今晩中に最後まで書き上げてくださいw
Posted by ななし at 2013年10月07日 20:06
ぱりさんの顔を北朝鮮で有名な調理人の顔と思い浮かべながら文章見ているのは俺だけだろうな。
Posted by やす at 2013年10月07日 22:37
こわっ!めっちゃこわっ!
Posted by 鰤キャ at 2013年10月08日 18:30
うわぁ、いきなり秘密をにぎっちゃった(>_<)ヤバイ
Posted by ばりてきショップファン at 2013年10月08日 21:07
思わず、コメントさせていただきます。
「ハイ、ダイジョウブデース」には、不謹慎ながら、面白く噴出してしまいました 笑笑笑  ブログ更新楽しみにしています。
Posted by ブログ更新楽しみにしています at 2013年10月12日 11:32
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