これが第1話ね。
パリ、テキサス、ピョンヤン 第1話
ボロボロの飛行機は多少揺れながらも無事にロシアの大地に着陸した。アナウンスに従い順番にタラップを降りていく。初夏にしてはひんやりとした風がほほをなでる。その感覚がなんともロシアっぽくてよく覚えている。空港のターミナルへは徒歩での移動だ。荷物を抱えて列をなして移動した。僕らはこの乗ってきた飛行機でピョンヤンまで向かうのだが、ウラジオストックで機体の整備と給油をするらしい。一時間ほどの待機を命じられた。待合室は二階にあり、窓は大きなガラス張りになっている。防風林が見渡す限りに広がり、太陽は色づき始めていた。もうしばらくすると大地に飲み込まれてしまうのだろう。僕は景色を眺めながらぼんやりと時間を殺していた。ときどき壁に備え付けられた日本ではもうあまり見かけないパタパタ式の案内板が狂ったように動きだす。僕は景色に見飽きた後はおもしろがってパタパタをずっと凝視していた。しばらくするとピョンヤン行きの便の再搭乗が始まった。外に出るとさっきよりも気温はぐっと下がっており、駆け込むように飛行機に乗り込んだ。アトピーの女の子はもういない。無事にシベリア鉄道に乗れたのだろうか。白熊に襲われないことを祈るばかりだ。飛行機は相変らずガタガタと音を立てながら北朝鮮目指して飛び立った。
北朝鮮上空に辿り着いたときにはすでに陽は沈んでいた。ピョンヤン空港の誘導灯がちゃんとともっていて安心する。それと同時に空港以外に明かりがまったくないことに不安が募る。飛行機は今回も無事に着陸してくれた。窓から外を眺めると、滑走路の脇に北朝鮮空軍の戦闘機が一列に並べられていた。張りぼてみたいなショボい機体だ。エースコンバットで最初に乗せられる戦闘機よりもショボいんじゃないだろうか。飛行機がターミナルに横付けされると、ライトに照らされている金日成の肖像画が真正面から見えた。テレビでよく見かけるピョンヤン空港のシンボルだ。
僕らはまた徒歩でターミナルまで移動した。北朝鮮の空港職員は軍人がやっているようで、いかめしい軍服を着たいかつい青年たちが僕らのパスポートを手分けしてチェックして行く。一通り手続きが終わると、一同はロビーのようなところに集められて、名簿を読み上げられる形で二班に分けられた。名簿を読んでいた男女が自己紹介を始める。「ようこそ北朝鮮へ。長旅ご苦労さまでした。私はガイドの金と言いマス。隣の彼女も金と言いマス。」二人とも同じ名字でややこしいことこのうえない。この「金男」はおよそ45歳くらいなのだが、肝臓が悪いのか妙に顔が赤黒い。日本語も流暢でキビキビと「金女」に指示を与えている。おそらくベテランガイドなのだろう。顔はサラ金王の杉山会長に似ていた。金女の方は25歳ほどで日本語はやや下手くそだ。色白で肌の質感が良いことから容姿は幾分か底上げされている。まだ新人のようで金男の指示に従うばかりで、自発的な行動は一切していない。金男はこれからの予定を手短かに伝えると、空港外のバス乗り場に引率しだした。
空港を一歩外に出るとなんの明かりもない漆黒の闇夜だ。見渡す限り街灯はどこにもなく、ロビーから漏れ出す明かりだけがアスファルトをデニム色にしていた。バス乗り場に着くと二台の観光バスが横腹の荷物キャビネットを開けて出迎えていた。運転手らしき男が僕らの荷物を手際よく押し込んでいく。僕はバスに最後に乗車した。一番前に座って景色をよく見たいからだ。目論見通りに一番前に座っていると、後から乗ってきた金男が申し訳なさそうに「そこは私たちが座りマス」と言ってきた。仕方なしに一つ後ろの席に移動する。それでもフロントガラス越しに景色がバッチリ見える良席だ。気を良くしていたのだが、後にこのスケベ心が見なくても良い物を僕にまざまざと見せつけてしまうのであった。


